11月7~11日の4泊5日で沖縄を訪問して本当にたくさんの人々に再会しました。大半は琉球大学医学部に奉職中の教え子たちですが、そのほか当時大変お世話になった先生方にも会うことができました。
あまりに多くの写真を撮ったので、ランダムに載せまくります。自分の年齢も忘れて皆さんと熱く語り合ったので、帰宅後しばらく放心状態でした。

ボードセイリング部の現役・OBの懇親会は60名を超ええた参加者がいたのですが、集合写真はちょっとボケて
しまいました。人数だけは感じてください。現役部員は若々しく爽やかで、OBOGは皆立派になっていました。

熱医研のOBOGは急遽あつまってくれたのですが、それでも20名以上の人たちに再会出来ました。

しらかわ内科:新垣民樹先生

アワセ第一医院:冨里政秀先生

14期生:金城武士兄の実家で
ご両親と

上:27期生の小坂篤志兄
  都立墨東病院感染症科

6月1日  知念克也兄(2期生)
いやいやなんともお久しぶりで!!

熱医研創設から今日至るまで35年間の
積る話に花が咲き時の過ぎるのも
忘れていました。
中でも克也兄の人生訓とも言えるGNO(義理ー人情ー恩返し)は全く同感でした


・虚空庵から始まり、
・大野山頂上(海抜
753米)、
・田舎喫茶から
・我が家へと移動、
沢山写真を撮りましたが、
いずれ機会を見て載せることにします。

令和元年初日の51日、15期生の「きせん」(豊川貴生)兄が虚空庵に訪ねてきてくれました。10連休中に家族で帰省しているとのことで、車で来訪。高速出口周辺の道路は新しいためナビの案内が不全で、少々道に迷ったようですが、無事に山里の庵に到着しました。きせん兄は県立南部医療センターから保健医療行政に、紀子夫人は県立看護大学から琉大医学部保健学科に移籍して活躍中。お嬢様は4歳で挨拶も上手に出来て、元気いっぱいですが聞き分けの良い素敵なお子さんです。沖縄のことをいろいろ話してもらい懐かしくもあり、また時の流れを感じさせられました。

琉大医学部OB、いつもの仲間たち(今年は1期生から6期生までの8名)が誘ってくれました。今年は京都に集合して鴨川の岸沿いに川床という「やぐら」を突き出した料亭「鳥弥三」で飲みながら自分達の近況や世の中の情報を交換し合って楽しく過ごしました。その晩は京都で1泊し、翌16日は2期生本間裕朗兄の所有するレジャーボートで神戸の街を海から眺めつつ淡路島・明石大橋方面までクルージングしましたが、皆さん船上でも飲みまくって二人は完全に酩酊状態?? 3日間の連休に日ごろの忙しさを忘れて息抜きをしているようでした。皆、学生時代はボードセイリングに打ち込んでいたので、海の匂いにも酔いしれていたようです。少し淋しい「退職後の私」にとっても本当に楽しい2日間でした。

9月15日の夕食会、京都加茂川の畔

H30(2018)-9-15

平成30年7月4日、宋天燕姉と夫のTommy 兄

宋天燕姉は大連医学院卒業後、日本に留学して琉大医学部細菌学教室で博士号の学位を取得しました。日本に来る前から日本語弁論大会で優勝するなど、日本語は日本人よりも上手に読み書き話し聞く、ことができました。人間的にも学問的にも極めて優秀な人材でした。学位取得後は、以前から細菌学教室と交流のあったスウェーデン・ウメオ大学に研究スタッフとして赴き、その後スウェーデンの人と結婚しました。現在はウメオ大学の関連病院で感染対策室に勤務、夫のTommy氏は同じ大学の環境経済学の教官です。宋さんとは13年ぶりに会うことが出来てとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。また夫のTommy氏からは環境経済学とは如何なるものか、現在どのような仕事をしているのかなど興味ある話を沢山聞くことが出来ました。二人はこれから沖縄に行き、細菌学教室の皆さんに会う予定です。

平成30年5月30日: 虚空庵への来訪者(熱医研初) 3期生の新里敬・6期生の宮城啓、両兄

917
4期生栗原寿夫兄が横浜でクリニック(名称「ことぶきクリニック」です)を開院することになり、その内覧会と懇親会に招かれて横浜に行きそこで沢山の人に再会することが出来ました。

4期生の栗原寿夫兄は琉大医学部卒業後、東京女子医大心臓外科で腕を磨き、京都桂病院心臓外科部長を経て後、方針を変えて総合診療の道を独学研修すること9年、遂に50歳を過ぎた今、地域医療の先端を担うクリニックを開く決断をしました。開業は40才前後でという一般的な常識は、あくまでも「経済的に見て」ということであり、栗原寿夫兄のような志においてはその気になった時が最適です。

1期生古閑比佐志:東京江戸川区の岩井整形外科内科病院副院長・教育研修部長、中国での医療に3年間従事して元の職場に復帰しています。脳神経外科>ヒトゲノム研究>整形外科(特に脊柱の内視鏡手術)、どれも半端でなくこなしてきた天才的能力あり。現在は国際医療活動にも眼を向けている。

4期生佐藤 聡:上尾中央総合病院〔診療部・部長、泌尿器科・科長〕

この病院はベッド数700、泌尿器科医が8名居るそうです。泌尿器科の年間手術例数は約1000件ということ。ダビンチもフル稼働

6期生本間次郎、品川区の五反田で泌尿器科を開業して既に16年地元で親しまれ幸せな日々を過ごしているようです。

4期生上原昌義:沖縄医療生活協同組合理事長、とよみ生協病院整形外科、とても貫禄が着いていましたが、決して怒る事のない穏やかでひょうきんな性格と面の良さは学生時代と同じでした。

5期生大塚康久:品川区の五反田でペインクリニックを営んで長くなります。先週は沖縄でウィンドの学生と懇親会を持ったそうです。

4期生沖山光則:こくら台ハートクリニック副院長、つい先日まで沖縄協同病院心臓外科。

6期生黒木則光:徳洲会湘南厚木病院、院長。極めて多忙の中で今回の祝賀会に関する連絡予約などなど全て取り仕切ってくれた。私自身は新横浜までの出迎えから昼食の世話・ホテルの世話・道案内など細やかな行き届いた気遣いに感謝感激でした。

以上8名の他に、1期生の古閑比佐志とともに、かつてロスアンゼルスオリンピックの教化選手であった宮城久一氏、琉大農学部を卒業後航空学校に行きその後JALのパイロットになり、現在は機長パイロットを努めている綾垣一郎氏、沖縄でマリンスポーツの店を営んでいたが歌手に転向した親川直志氏など多くの人々が栗原寿夫兄の開業を祝って集まりました。

内覧会
10月2日開院予定の「ことぶきクリニック」受付前で
古閑>沖山>岩永>栗原>栗原夫人>黒木

内覧会に来られず、祝賀会に参加した4名と、

       慶田    本間次郎
   佐藤    岩永        上原

622日:12期生の長谷川麻衣子姉

623日:21期生の加藤隼悟兄

 

長崎大学熱帯医学研究所同門会から呼ばれて長崎に行く機会があり、そこで12期生の長谷川麻衣子姉と21期生の加藤隼悟兄に再会しました。

 長谷川麻衣子姉は琉大第二内科の後、長崎大学(熱帯医学研究所)大学院でMDとしては極めて稀な医昆虫学(medical entomology)で学位を取り、熱帯地を駆け回りながら2児の母としても頑張ってきました。現在は長崎県庁の福祉保健部医療政策課の医療監として、五島保健所長も兼務しています。4期生中島一敏教授の話によれば、長谷川麻衣子姉は医療保健行政の分野では全国的に名の知れた存在であるとのことです。

 加藤隼悟兄は国立長崎医療センターの後、長崎大学熱帯医学研究所内科(正確な呼称は、臨床感染症学分野)に所属、これまでにイギリス留学などを経て現在は大学院博士課程の最終年度に在籍中、学位論文の仕上げにラストスパートをかけながらも将来のことをいろいろ考え、また悩みもあるように見えました。加藤隼悟あには熱医研とボードセイリング2つの部に所属していましたので、最近ウィンドのメーリスに載った部長交代と顧問交代の話になりました。新旧部長・新旧顧問の挨拶文を隼悟と2人でじっくりと読み、それぞれ感慨深いものを感じました。

322日:16期生・中島純一兄と18期生・羽賀亜矢子姉

このたび麻酔科の専門医・指導医である羽賀亜矢子姉が心機一転、琉球大学医学部細菌学教室で大学院の研究生活に入るため、4月から沖縄へ行くことになりました。その前に、ということで、わざわざ千葉から会いに来てくれました。せっかく来てくれるので、西宮市に在住の16期生中島純一兄に声をかけて来てもらいました。中島兄は小児科の専門医ですが、こちらも心機一転、刑務所の医務官として大阪刑務所に勤務するようになっています。いつまで刑務所勤務をするのかと聞いたら・・「無期懲役のつもりです」ということでした。羽賀亜矢子姉からは、関東地方の熱医研OB(塚本可奈子・中沢明里・成田百合香・中島弓子、諸姉)の活躍ぶりを聞くことが出来、また中島純一兄からはこの道を選んだ理由を詳しく聞くことが出来ました。皆さん、まさに40才台に入ろうとする時期で、これからの2030年は本当に社会の中心的役割りを担うことになります。ネパール料理を囲んでとても楽しいひと時をすごしました。

平成28618(2016-6-18)

本日の再会はなんと48名です、私の喜寿を祝ってくれました!


学生時代に「琉球大学熱帯医学研究会」に所属していた先生方が、私の喜寿を祝ってくれました。会場には
2期生から29期生まで45名の懐かしい卒業生たちが、輝くように立派な姿で集まっているのに先ず感動! 
祝賀会では、至れり尽くせりの心遣いの中で夢のような時間をすごすことが出来ました。嬉し涙を隠しつつ、私は子供のようにはしゃいだ気がします。この日だけは「私が決して参加しない二次会」にも付いて行き、
そこでも日が変わるまで楽しみました。二次会では更に3名の卒業生が加わって、本日の再会はなんと48名になりました。心地よい疲労感を持って眠ると、翌朝は 爽やかに目覚め、疲労感は全く残っていません。

後期高齢者の域に達して、私だけこんなに幸せでよいのだろうか、と自問自答。

皆さん有難う!!!感謝感激のほか言葉も有りません。

 27期卒:與那嶺怜奈

29期卒:北爪はるな

舞: かぎゃでふ

平成28年(2016) 3月5日:垣花シゲ先生退官記念パーテイー、

平成27年、本日の再会 2015 一部抜粋

(平成27年3月13日)是枝快房兄(1期)、是枝快泉兄(8期)、小柴民子姉(10期)

314日)土屋知洋姉(1期)と西田教行兄(4>5期)

312日、同級生の見舞いに鹿児島へ行くので、是枝快泉兄に連絡を取ったところ、13日の晩に3人が
会いに来てくれました。

2014-5-3 本日の再会は熱医研関東OBOG会です。

東京丸の内、東京駅前広場を見渡せる和食レストランに集合です。

再会した人たちの名前は:中島一敏(4)、砂川富正(5)、宮田乃有(保25)、白山裕士(13)、中島弓子(17)、羽賀亜矢子(18)、神谷百合香(18)、林優(20)、亀山大介(20)、甲斐田豊二(21)、中澤明里(21)、星野香(22)、亀山麻子(22)、加藤暁世(23)、甲斐田武志(23)、小林佑介(24)、小坂拓也(31)・・の18名です。午後6時から11時頃まで同じ店に居ました。

近況報告を聞いて、詳しくは覚きれませんが、今覚えていることだけを書きだしてみると、中島一敏はこの4月に国立感染症研究所から東北大学に移動(東北大学大学院内科病態学講座 感染制御・検査診断学分野講師)、砂川富正は国立感染症研究所、感染症疫学センター第二室長、宮田乃有は地域で有名なベテランの訪問看護師、白山裕士は第二北総病院内科、中島弓子は八丁堀皮膚科・形成外科クリニック院長、羽賀亜矢子は横浜けいゆう病院麻酔科、神谷百合香は旦那様の神谷将吾と二人で、ちゅらゆりクリニック(皮膚科と内科)を開業、林優は東海大学産婦人科(ごく最近3人目のお子様が誕生、今度は女の子でした。12番目の熱医研カップルで奥様は嘗ての吉武伊緒姉)、亀山大介は救急医療から転じて現在は厚生労働省大臣官房国際課の課長補佐、甲斐田豊二は北里大学循環器内科大学院、中澤明里は東京大学産婦人科大学院、星野香は亀田総合病院ウロギネ科、亀山麻子はドクターヘリ救急医、 加藤暁世は成田日赤小児科、甲斐田武志は北里大学外科、小林佑介は自治医大心臓外科、小坂拓也は現役4年生で熱医研30周年記念行事担当で、現在奮闘中。いやいや皆さん本当に立派になっていました。

平成26年(2014)の再会 一部抜粋

平成26年(2014)3月20日(木):臨床検査部の戸田隆義先生の定年退職送別会。戸田先生の満面の笑みが印象的ですね。
ここで細菌学教室ゆかりの多くの人々と再会することが出来ました。

作、城間榮順: びんがた

 

本日の再会

11月3日(H29) 琉大OBで最初の「虚空庵訪問者」、2期生の本間裕朗兄

このお花も、沖縄から兵庫の自宅まで無事到着しました。

過去の再会はこちら

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熱医研初代部長2期生の山城哲兄夫妻です。11月に山城哲兄が主催した日本熱帯医学会大会において会ったばかりですが、今回鳥取大学での特別講義を行った後の土日を利用して立ち寄ってくれました。5年後に控えた琉大医学部移転の準備室長として多忙の毎日を過ごしながらも、細菌学教室伝統のコレラ研究に励む様子を聞くことが出来ました。

新旧 細菌学教室のみなさん

  横から見ると・・・               後ろから見ると・・・

平成30年(2018)本日の再会

写真下左:海から見た神戸の街、 下右:飲みすぎの2人、 上:帰港時(新西宮マリーン)で無事帰還を祝う?!

開院祝賀会参加者: 聘珍樓 横濱本店(横浜中華街)

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11月(7日~11日)

平成31年・令和元年(2019)

平成29(2017)83日:本日の再会
町田久枝姉(
0期生)、町田孝兄〔2期生〕

町田孝兄は長い間、北谷町で町田小児科医院を開業していましたが34年前から 岩手県での医療活動に取り組んで居ます。現在は地域包括医療で有名な「沢内村診療所病院」 (現在は市町村合併で、西和賀町立「さわうち病院」)に勤務しています。町田夫妻が当地に訪ねてきてくれたのはこれで4回目になりますが、今回はそのファッションにびっくりしました。  長髪の上に変な風呂敷を被っていました。熱医研で最初の
卒業生である久枝さんは変わることなくいつものように満面の笑みで、対照的でした。

平成29年(2017)本日の再会

 露払い  露払い